「数年前にマドプロで中国と韓国を押さえたが、今度は東南アジアにも出ることになった」――海外展開が進むと、こうしたご相談が増えてきます。このとき使えるのが、マドプロ(マドリッド協定議定書)の「事後指定」という手続です。すでに持っている国際登録に、後から保護を求める国(締約国)を追加できる仕組みで、海外商標を段階的に、かつ一元管理したまま広げていくための実務上の要になります。この記事では、事後指定の仕組みと流れ、見落とされがちな注意点、新規出願や直接出願との使い分けを整理します。

事後指定とは──国際登録に国を「追加」する手続

マドプロでは、日本の商標出願または登録(基礎出願・基礎登録)をもとに、WIPO(世界知的所有権機関)に一つの国際登録を作り、その国際登録に対して「どの国で保護を求めるか」を指定します。出願のときに指定する国が当初の指定国ですが、その後の事業展開に合わせて指定国を追加できるのが事後指定です。

ポイントは、追加した国がまったく新しい別の権利になるのではなく、既存の国際登録にぶら下がる形で保護が広がることです。そのため、更新の時期や名義変更・住所変更といった管理手続を、国ごとにバラバラに行わずに済みます。すでにマドプロで海外商標を持っている企業にとっては、追加出願より管理負担が軽くなるのが最大のメリットです。

事後指定でできること:既存の国際登録に、新たな締約国での保護を追加する。
事後指定でできないこと:もとの国際登録に含まれていない商品・役務まで範囲を広げること。商標そのものを変更すること。

どんなときに事後指定を使うのか

1. 進出国が後から決まった

最初の出願時点では販売国が固まっていなくても、主要国だけ先に押さえておき、代理店契約や現地法人の設立が具体化した段階で国を追加する、という進め方ができます。海外商標のコストを一度に負担せず、事業の進み方に合わせて分散できます。

2. 加盟していなかった国が新たに加盟した

マドプロの締約国は少しずつ増えています。出願当時は制度に加盟しておらず直接出願しか選べなかった国が、その後加盟したことで事後指定の対象になる場合があります。既存の国際登録を活かせないか、定期的に確認する価値があります。

3. 模倣・冒認のリスクが顕在化した

現地で類似ブランドが確認された、越境ECで販売が始まった、といった場面では、権利がない国から先に押さえる必要が出てきます。事後指定は既存の国際登録を土台にするため、ゼロから出願を組み立てるより着手が早いのが利点です。関連して中国の冒認出願対策もあわせてご覧ください。

事後指定の手続の流れ

おおまかな流れは次のとおりです。

① 追加する国と範囲の確定どの国に、どの商品・役務で保護を求めるかを決めます。既存の国際登録の範囲内で、国ごとに一部だけを指定することもできます。
② 事前調査追加先の国で先行する類似商標がないかを確認します。拒絶通報を受けてからの対応は費用と時間がかかるため、事前の確認が有効です。
③ 事後指定の申請所定の様式で、WIPOへ提出します(本国官庁である日本の特許庁を経由する方法もあります)。使用言語や手数料の納付方法など形式要件があります。
④ WIPOによる記録・通報WIPOが国際登録簿に事後指定を記録し、追加された国の官庁へ通報します。
⑤ 各国官庁での審査各国が自国の基準で審査します。問題がなければ保護が認められ、問題があれば拒絶通報が出されます。

⑤で拒絶通報を受けた場合は、その国の現地代理人を選任して応答するのが一般的です。ここで初めて現地代理人費用が発生する点は、通常のマドプロ出願と同じ構造です。

実務で必ず押さえたい4つの注意点

1. 指定商品・役務は「国際登録の範囲内」に限られる

事後指定でカバーできるのは、もとの国際登録に記載された商品・役務の範囲までです。範囲を広げたい場合は事後指定では対応できず、新たな出願が必要になります。将来の展開を見越して、最初の国際登録の商品・役務を設計しておくことが、後々の選択肢を広げます。

2. 存続期間は国際登録に連動する

事後指定による保護も、もとの国際登録の存続期間に合わせて管理されます。更新が一本化されるのは大きな利点ですが、裏を返せば、更新時期の直前に追加した国は、最初の更新までの期間が短くなるということです。追加のタイミングによっては、更新費用の発生が想定より早く来ることになるため、更新期日との関係は事前に確認しておくべきです。

3. セントラルアタックの影響を受ける可能性がある

マドプロには、国際登録が一定期間は日本の基礎出願・基礎登録の運命に連動するという仕組み(いわゆるセントラルアタック)があります。事後指定で追加した国も、同じ国際登録に属する以上、この影響を受け得ます。基礎出願がまだ審査中である場合や、基礎登録に不使用取消請求などのリスクがある場合は、事後指定ではなく直接出願を選ぶほうが安全なこともあります。ここは案件ごとの判断が必要な部分です。

4. 国によっては直接出願のほうが適することがある

マドプロ経由でも、その国特有の手続が別途求められる国があります。たとえば米国では、登録後も使用に関する手続が必要です(詳しくは米国商標の使用宣誓書の記事をご覧ください)。追加したい国が1か国だけで、かつその国の実務が特殊な場合は、事後指定と直接出願を比較したほうがよい結果になることがあります。

事後指定・新規マドプロ出願・直接出願の比較

事後指定新規マドプロ出願各国直接出願
商品・役務の範囲既存の国際登録の範囲内あらためて設計できる国ごとに設計できる
更新・管理既存の国際登録に一元化新しい国際登録として管理国ごとに個別管理
基礎出願との連動もとの国際登録に準じる新たな基礎が必要連動しない
向いている場面既存の権利範囲のまま国だけ増やしたいとき商品・役務を広げたいとき1か国のみ、または制度が特殊な国

実務では「事後指定ありき」で決めるのではなく、追加したい国の組み合わせ・商品役務の範囲・既存国際登録の状況の3点をそろえて比較するのが基本です。弊所では、ご相談時に複数ルートの比較をご提示しています。

費用の考え方

事後指定にかかる費用は、大きく①WIPOに納める手数料(追加する国と区分数で変動)、②日本側の代理人手数料、③拒絶通報を受けた場合の現地代理人費用に分かれます。①は追加する国によって差が大きいため、国が決まった段階でのお見積りが確実です。

参考として、弊所のマドプロ出願(1か国指定・1区分)の手数料の目安は75,000円〜です(庁費用・現地代理人費用は別途、複数区分・複数指定国はディスカウント適用)。事後指定の手数料は手続内容に応じて別途お見積りいたします。国別の概算は外国商標かんたん見積ツールでご確認いただけます。費用の全体像は海外商標登録の費用の記事でも解説しています。

よくあるご質問

Q. 事後指定は何回でもできますか?
国際登録が有効に存続している間は、必要に応じて複数回行うことができます。進出国が決まるたびに追加していく運用も可能です。ただし、そのつどWIPOの手数料と代理人手数料が発生します。
Q. 事後指定した国の権利はいつまで有効ですか?
事後指定による保護も、もとの国際登録の存続期間に連動します。そのため、追加した時期によっては最初の更新までの期間が10年より短くなる点に注意が必要です。更新後は他の指定国と同じサイクルで管理できます。
Q. 事後指定と新たなマドプロ出願はどちらが有利ですか?
追加したい国の商品・役務が既存の国際登録の範囲内に収まるなら、管理を一元化できる事後指定が便利です。範囲を広げたい場合や、既存の国際登録にセントラルアタックの懸念がある場合は、新たな出願や直接出願を検討します。
Q. 事後指定でも拒絶通報を受けることはありますか?
あります。追加した国の官庁が独自に審査を行うため、その国の基準で拒絶通報が出されることがあります。応答にはその国の現地代理人を選任する必要があるのが一般的です。弊所では各国の代理人と連携して対応します。

どの国を、どの順番で追加するべきか。
既存の国際登録の内容を確認したうえで、事後指定・新規出願・直接出願を比較してご提案します。

安達 友和
監修:安達 友和(あだち ともかず)
弁理士法人東海特許事務所 代表弁理士(登録番号18078)。特定侵害訴訟代理業務付記登録。一級知的財産管理技能士(ブランド専門業務)。国内外の商標・特許出願を多数取り扱い、マドプロ・各国直接出願の両ルートによる外国商標の権利化を得意とする。