「日本で商標を取ってあるから、海外のECモールに出品しても問題ないはず」――越境ECを始めた事業者様から、よくこうしたお話をうかがいます。しかし実務では、海外のECモールで自社ブランドを守るには、その販売先の国で有効な商標権が必要になる場面がほとんどです。この記事では、なぜ国ごとに権利が要るのか、どの国から押さえるべきか、いつまでに動けばよいかを整理します。
ウェブサイトは越境しても、商標権は越境しない
商標権には属地主義という大原則があります。商標権はそれを認めた国の領域内でのみ効力をもち、日本の特許庁が与えた商標権の効力は、原則として日本国外には及びません。
越境ECが分かりにくいのは、販売の「場」がインターネット上にあるため、国境を意識しにくい点です。しかし法律上は、その商品が届けられ、その広告が向けられている国の法律が問題になります。米国の消費者に向けて英語で販売していれば米国の商標制度が、欧州向けであればEUの制度が、それぞれ関係してきます。サイトは世界中から見えても、権利は国ごとに取得しなければならない――これが出発点です。
越境ECで商標が問題になる3つの場面
1. モールのブランド保護制度を使えない
主要な海外ECモールの多くは、ブランド所有者向けの保護プログラムを用意しています。商品ページの記載を自社でコントロールしたり、模倣品の出品に対して申立てを行ったりできる仕組みです。
こうしたプログラムでは、登録要件として、販売先の国・地域で有効な商標登録(登録番号)の提示を求められることが一般的です。日本の登録番号では、日本向けのマーケットプレイスでは受け付けられても、米国や欧州のマーケットプレイスでは対象外という扱いになり得ます。要件や対象国はモールごとに異なり、変更されることもあるため、出品を予定するモールの最新の案内を確認したうえで、取得すべき国を設計することが必要です。
2. 第三者からの権利侵害申立てで出品が止まる
より切実なのが、逆に自社が申立てを受ける側になるケースです。現地で同じ・似た商標を先に登録した第三者から侵害の申立てがあると、モールの運用によっては、事実関係の確認が済む前に商品ページが取り下げられたり、アカウントに制限がかかったりすることがあります。
販売シーズンの直前に主力商品が出品停止になると、売上への影響は登録費用とは比べものになりません。自社に現地の登録があれば、正当な権利者であることを示す材料になり、復旧の交渉も進めやすくなります。
3. 現地で先に出願されてしまう(冒認出願)
越境ECは、日本にいながら海外の消費者にブランドを知ってもらえる反面、そのブランドが現地で注目されていることを、現地の第三者にも知らせてしまうという側面があります。中国をはじめ先願主義を徹底する国では、実際に使っているかどうかにかかわらず、先に出願した者に権利が与えられるのが原則です。詳しくは 中国の商標「冒認出願」対策 でも解説しています。
どの国から取るべきか──優先順位のつけ方
すべての国で一度に取得する必要はありません。次の3つの軸で優先順位をつけるのが実務的です。
| ① 販売先 | 現在の売上構成比が高い国、今後1〜2年で伸ばす計画のある国。モールの主要マーケットプレイスがどの国に属するかで判断します。 |
|---|---|
| ② 製造・委託先 | OEM・委託製造を行っている国。製造拠点のある国で第三者に権利を取られると、輸出そのものが止まるおそれがあります。 |
| ③ 模倣リスク | 模倣品の流通が多い国、先願主義が徹底している国。実績が出てから動くと手遅れになりやすい領域です。 |
この3つは重なることも多く、たとえば中国は②と③の両方に当たるため、販売予定がなくても押さえておく判断が合理的なケースがあります。
出願ルートの選び方
海外で商標を取る方法は、大きく分けてマドプロ(マドリッド協定議定書)による国際登録出願と、各国への直接出願の2つです。
マドプロは日本の特許庁を通じて1通の願書で複数国を指定でき、更新や名義変更も一元管理できます(日本での基礎出願・基礎登録が必要です)。一方、1か国のみの場合や、その国の制度に細かく合わせたい場合には直接出願が向くこともあります。一般に指定国が2か国以上であればマドプロが有利になる場合が多いものの、米国や中国のように直接出願のほうがトータルコスト・権利の安定性で優れるケースもあります。
弊所手数料の目安は、マドプロ出願が1指定国あたり75,000円〜、米国直接出願が110,000円〜、中国直接出願が85,000円〜、EU(EUIPO)直接出願が120,000円〜です(いずれも1区分・税抜。庁費用・現地代理人費用は別途)。ルートごとの詳しい比較は 海外商標登録の費用 をご覧ください。
越境EC特有の3つの実務ポイント
商品の区分か、小売サービスの区分か
自社ブランド商品を売るのであれば、まずその商品そのものの区分を押さえるのが基本です。加えて、自社ECサイトやモール上のストア名としてもブランドを使うのであれば、小売・卸売のサービス(役務)としての保護を検討します。どこまで取るかは費用と直結するため、実際の使い方から逆算して設計します。区分の考え方は 商標の区分とは で解説しています。
ロゴで使うのか、文字で使うのか
パッケージやストアページで使う形と、出願する態様がずれていると、保護が及ばない部分が出ます。文字商標とロゴでは保護の範囲が異なるため、主力の使い方を確認したうえで、どちらを出願するか(あるいは両方出すか)を決めます。
名義をどの法人・個人にするか
国内法人で出願するのか、海外の販売子会社名義にするのか。モールのアカウント名義と商標権者がずれていると、ブランド保護制度の登録時に追加の説明を求められることがあります。アカウント名義と出願名義はあらかじめそろえておくのが安全です。
いつまでに動けばよいか
商標は出願すればすぐ登録されるものではありません。国や審査状況によって、出願から登録までに半年〜2年程度かかることがあり、拒絶理由通知への応答が必要になればさらに時間を要します。
逆算すると、販売開始やモール出店の予定から、少なくとも半年〜1年程度さかのぼって出願に着手するのが現実的です。プレスリリース・クラウドファンディング・展示会など、ブランド名を公表する予定がある場合は、その前の出願を強くおすすめします。公表してから出願するまでの期間が、そのまま第三者に先を越されるリスクの期間になるためです。
すでに販売を始めてしまっている場合でも、出願が手遅れということはありません。現状のまま放置するより、優先度の高い国から順に確保していくほうが、結果としてコストを抑えられることが多いといえます。
よくあるご質問
自社の販売先だといくらかかる?
国と区分数を選ぶだけで、概算費用と見積書PDFをその場で確認できます。